東京近辺の地震災害情報の出所は主に歴史地震の記録による。これらの記録は110年に及ぶ観測データに更に500年以上の歴史地震の情報を足すことになる。日本での地震災害の被害等は気象庁(JMA)によって震度階級を与えられている。歴史地震の震度データから震央位置とマグニチュードを予測するテクニックは幾つかある。この研究では日本の歴史地震データ解析にBakun and Wentworth (Bull. Seismol. Soc. Amer., 1997)を用いている。この方法は数少ない震度情報から客観的な震央位置とマグニチュードの推定値が得られるので歴史地震解析に適している。またこの方法は計算された震央位置とマグニチュードの不確かさも求められる。
歴史地震の震源地と震度マグニチュードMJMAを推定するのに気象庁震度階級MJMAが使われている。浅発地震の震度は-1.89+1.42* MJMA -0.00887*Dh-1.66*log(Dh) である。MJMAは気象庁マグニチュード、D は震央距離(km)、hは震源の深さ(km)、そしてDh=( D2+h2)1/2とする。マグマ貫入近くの地震のMJMAはMJMAより少ない。これは震源近くの強い減衰と一致する。サブダクションプレートの震度減衰モデルを構築するのに日本海溝近くの4つの地震のデータを使った。震度の推定は-8.33+2.19* MJMA -0.00550*Dh-1.14*log(Dh)から求めた。フィリピン海−本州プレートインターフェースの1923関東大地震MJMA 7.9から推定されるMJMAはサブダクションプレートモデルと一致する。サブダクションプレートモデルを用いると震度分布の中央位置は震央より16キロメートル南東に位置し、信頼水準1sにおいてのMJMAは7.6でMJMAは7.3から7.9である。
1855年11月11日に起きた安政江戸地震の震度と余震活動は30キロメートルの深さでのMJMA 7.2フィリピン海−本州のプレート間震源ソース(又はフィリピン海プレート内部ソース)と一致する。もし1855年の地震がフィリピン海−本州のプレート間が震源だとすると震度分布の中央位置は1923年関東大地震の破壊過程沿いになり、1855年と1923年の地震は隣接したフィリピン海−本州プレートインターフェース部分で起きたことになる。 |