関東地方の地下では主に3つのプレートが複雑に接合している。フィリピン海、太平洋、そして本州プレートである。破壊的な地震を引き起こす可能性のある沢山の活断層がこの地方にあるが、最も大きく破壊的な地震は相模海溝下にあるフィリピン海−本州プレートのインターフェースである。このプレート境界沿いに起きた2つの地震:M〜8の1703年元禄地震とM=7.9の1923年関東大地震は走向ずれと傾斜ずれのコンビネーションで数メートルの滑りを引き起こした。これは最近記録されたM=9.0のスマトラ地震と似ている。
このような記録された地震の研究が地殻変動による10年や100年単位での歪みの蓄積を理解するのに必要である。歪みが蓄積されると地震が起こり地震後の地殻が何年もかけて再調整するのである。
本論文では三角測定(一次および二次のデータ)やlevelingを元にした大量の測地学的データを用いて1923年の地震の震源のプロセスを研究する。Nyst et al. (2005)では1923年のメカニズムを説明する為にシンプルなモデルを提起した。このモデルでは一つか二つの活断面に均一の滑りがあると想定している。Pollitz et al. の相補的な研究はNyst et al.で得られた活断層の形を基に、滑りが均一でない1923年の地震のモデルを作成した。この二つの研究の成果は今まで使われていなかった莫大な1923年地震にまつわる三角測定の二次データを取り入れたことである。国土地理院から入手したこのデータは既存の三角測定から得られる情報を10倍も増やした。Levelingデータと合わせると1923年の地震を引き起こしたと思われる活断層沿いの滑りの分布を細かく解析していくことが出来る。
我々は地震時の滑り量分布は主に二箇所に集中していると考える(Figure 1参照)。小田原近くの活断層では最大約8メートルの滑り、そして三浦半島の近くにも滑りがあると思われる。
1923年は大地震に続き非常に大きい余震があったため、これら二箇所以外にも房総半島の近くに震源があったのではないかといわれていた。この房総の震源はフィリピン海−本州プレートとは異なる震源である。

FIGURE 1: 上:関東地方と主な地名。左下:1923年の滑り量分布と活断層モデル。小田原の近くと三浦半島近くの二箇所に主な滑りが分布しているのがわかる。右下:二つの活断層に加えて房総半島の近くに更なる活断層の存在があり、それが大きな余震を引き起こしたのではないかとされている。
第二次三角測定はこのもう一つの活断層の存在を理解するうえでの手掛かりとなる。FIGURE2参照。二次的な主ひずみの方向とマグニチュード角度の変化から北北西向きの右横ズレのSHEAR STRAIN(せん断ひずみ)が房総半島に見られる。FIGURE1左下の二つの活断層のモデルではこのひずみのパターンは得られない。だが、3メートルの右横ズレのある北北西向きの活断層(BOSO SPLAY FAULT)を足すとこの北北西のせん断ひずみが予測できるようになる(FIGURE1右下)。
この第三の活断層、BOSO SPLAY FAULTはフィリピン海−本州プレートの上の方まで到達するのではないかと思われる。提案されたこのBOSO SPLAY活断層沿いの1923年の破壊課程は余震データとマッチする。又、房総半島の地表で確認された右横ズレの活断層や測定された重力異常のパターンとも一致する。
また、Nyst et al. によって発見された運動学的な食い違いも解決できる。BOSO SPLAY活断層をモデルに取り入れることによってフィリピン海−本州プレートの滑りを抑えることが出来る。
フィリピン海−本州プレートのインターフェースでは地震サイクル内でどうやって滑りがaccommodateされているのかが謎である。非地震時(地震と地震の間)のひずみの蓄積はフィリピン海−本州プレート間では1923年に滑りが少なかった部分も含めて比較的均一に分布されている(Nishimura and Sagiya, 2004)。房総半島の南と東には滑りがあまり無いことがわかっているので、もしかすると滑り欠損が房総の南と東側にあるのかもしれないという可能性も出てくる。しかし無地震滑りが房総半島の東側で起きているという可能性もある。実際に1996年に静かな地震(無地震滑り)が房総半島で起きている(Sagiya, 2004)。
FIGURE 1: 二次的な主ひずみの方向とマグニチュード角度の変化から北北西向きの右横ズレのSHEAR STRAIN
(せん断ひずみ)が房総半島に見られる |